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カップル

愛犬

とっさに5階のベランダから飛び下りる自分の姿が浮かんだ。
でも、腕には赤ちゃんがいるから、できない。
電気ショックを浴びたように、北極で氷水に浸かったように体中の神経細胞が開く。
「どうして」と声にならない声が出る。

そういや、メールで言った。
「死んだ愛犬に会わせてもらえませんか?」と。
そうしたら、おつきあいでも何でもしましょうよって感じの口調で。
当時彼からのメールが苦痛で断絶したかったのだ。
じゃあ返事しなければいいと自分でも思ったけど、実際未練が多いのは私の方だった。
培った諦めの良さを、これほど邪魔する男もいない。
だから傲慢を極めたことばをヤケで言い放った。
赤ちゃんは生後4か月だ。
柔らかくって、やっと人間らしい丸みとしっかりした肉付きになってきて、本当に抱き心地がいい。
この感覚は、この愛おしさはどこかで味わった。
記憶の網をたぐり寄せたその瞬間、思い出したのだ。
その言葉を。
その契約を。
まさか、すべてが彼の仕業だったのだろうか?。
数々の不可思議な現象、妙なストーキングと盗聴。
セクハラがツラいと自宅でぼやくと、翌日には謎の無言電話集中砲火で相手をびびらせてくれた。
既婚者に夢中になりかけた私の職場に、警告の電話を流し邪魔したのも彼?。
私は待った。
いつか彼が現われてくれるんだろうと。
でも、数年待っても来なかった。
するとある日過去の援交相手が母親の職場に登場し、私の過去の悪行が露呈する。
これにて、the end。
このままこの家族とはいられない。
いれば、愛ある家族の餌食となるばかり。
私は早急に手直な相手と結婚した。
その後、妊娠して子どもができた。
それが、今。
まさか彼が?。
でもそれなら一連の行動のつじつまがあう。
彼に連絡を取らなくては。
そして真実を確かめるのだ。